龍馬と歩く幕末京都 暗殺ストリート 高瀬川

長崎編に続き京都編です、高瀬川周辺に土佐藩邸跡があり、龍馬の活動の痕跡があります。

古高俊太郎寓居跡、阪急河原町駅の高瀬川沿いは幕末に暗殺事件が度々起こりました。

古高俊太郎は、桝屋湯浅喜右衛門と称して築前藩御用達商人を装いながら長州志士らに武器類を

調達していました。

下京区木屋町四条下ル西入ル

古高俊太郎は新選組に捕縛され土方歳三の凄惨な拷問に耐えかねて自白した、京都御所を焼き払

い孝明天皇を奪い長州に連れ去る恐ろしい計画・・

旧新選組屯所、前川邸、古高俊太郎はここで逆さ吊りにされ下から両足の甲に太い釘を打たれ、

突き出た釘先にロウソクを刺し火をつける。ロウソクの火はロウをとかして傷口に流れ込む・・・・



池田屋の石碑の場所には現在居酒屋があります。三条通り木屋町西入ル北側

自白して六角獄に繋がれたが禁門の変の大火の最中獄中で斬られました。

六角獄舎、長州による禁門の変の京都大火で類焼し政治犯は釈放せずに処刑された。

古高俊太郎自白→池田屋騒動→禁門の変→京都大火→六角獄舎に類焼→獄中で政治犯処刑

この不思議な構図は原因が結果になり結果がまた原因になり・・終には自分に戻ってきています。


本間精一郎遭難の地 京都三条木屋町下ル

本間精一郎は薩摩や土佐に尊皇攘夷を説いたが岡田以蔵・田中新兵衛に暗殺される。


この屋敷には以蔵の刀の跡が残っていますが現在は非公開になっています。


本間精一郎の晒し首


佐久間象山と大村益次郎遭難の碑


幕末最先端の知識人、公武合体、開国派で当然のごとく尊王攘夷派に狙われた高瀬川沿いの居

宅で河上彦斎らに暗殺された。


佐久間の寓居跡はご覧のように駐車場入り口に石碑が建っています。


高瀬川周辺にはこれだけの史跡・石碑があります。

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